昨日母のいる施設に行った。
いつも舌をべろんと出しているYさんが近づいてきた。
彼女はやっと私の顔を覚えてくれたようだ。
少し前までは、私はこの施設では、モテモテのウハウハ状態だったが、このところ皆さんの症状が進んで見向きもされなくなった。
人気のなくなったアイドル状態だ。
夢よもう一度、という感じだ。
だから、このように新しく覚えてもらえるとうれしい。
Yさんと握手する。
私は誰彼なしに握手するわけではない。
言葉による交流が不可能な場合、手を差し出してみるのだ。
Yさんと手を取り合っているときは注意が必要だ。
他の誰にも増して握力が強い。
突如爪を立ててぎゅっと握られると悲鳴をあげてしまう。
昨日も何度も悲鳴をあげた。
これはYさんが発信しているのだと思う。
何かを発信しているわけではないが、発信には違いない。
人間は、誰かに向って何かを発信する生き物なので、Yさんは残り少ない発信方法を私に試しているのだろう。
それに対して私は、「いたーい!」と、悲鳴をあげて返信しているのだが、Yさんは知らん顔だ。
発信能力より受信能力の方が劣るようだ。
Yさんが私の手を握ったまま、今にも泣きだしそうな顔で私を見つめて何か言った。
Yさんは舌を出したまま話すので聞き取りにくい。
「い、い、いっしょに、ね、ね、寝てくれるか?」
一瞬言葉に詰まってしまう。
80歳を越えた痴呆の方とはいえ、女性である。
見ていた若い女性職員が笑って、「さびしがりやさんなんですよ」
なるほど!
簡単明瞭で力強いメッセージだ。
力強すぎて、私は返事ができなかった。